【雑談】子どもたちよ、マトリョーシカの理論に騙されてはいないか!

小学校の頃、ザリガニを飼っていた人はいるだろうか。

 

ザリガニでなくてもよい、セミや蛇など、脱皮する動物なら何でもよい。

 

私も人生に行き詰まると彼らのようにこう願う。

 

脱皮したい。

 

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一肌脱いで成長したいと願うのだ。

ザリガニのように皮を脱いで大きくなりたい。

 

ちょっとまった。

皮を脱いで大きくなる。なんだそれは。

 

オーバーコートを着ていた私の方が全裸の脆弱な私よりもシルエットは小さく見えるのだろうか?

小さいサイズの服を脱いだら私は成長するのか?

「そんなことーありますよねー」(カレーマジック 7/25より)

 

 

そんなこたぁあるわけねぇだろぉぉぉぉぉぉ

 

 

ロシアのマトリョーシカを思い出してほしい

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大きいものからさらに大きいものは出てこない

すべてが入ってる状態の体積をa{n=1}

一番小さいものをk番目とすれば

a{1}>a{2}>a{3}>…>a{k}

数学的帰納法からも明らかである。

 

この固定観念こそが私の少年の日の思い出だ

すなわち「マトリョーシカ理論」:Aの中からBを取り出すとBはAより小さい

 

これについて大学生になってもう一度考え直すとは思わなかった。

ちなみにマトリョーシカ理論という名前は先ほど考えたものであり

恐らく一般化されてはいない。

 

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細胞の仕組みから考えればわかるが、要は、皮が取れて一つ一つの細胞が大きくなるのである。

 

また、皮に使われた死細胞の内側にある生きた細胞が大きさを変えずに分裂するため、脱皮後も細胞の数は減らない。

 

そして、表面に生きた細胞が露呈しているので、脱皮後は色が白っぽかったり、表面が柔らかかったりするのだ。

 

 

たいして難しい話ではないが、このような幼少期の疑問を10年以上経った今ブログのネタにしても、あまりに虚しい。

 

しかし、脱皮というのはこのように、Aという入れ物よりもBという中身の方が大きいという、子どもの固定観念を打ち砕く素敵な題材なのだ。

 

日々の生活に好奇心と疑問を忘れないように