【ランニング】走ることに喜びを(1)

私はランニングが好きでこないだ久しぶりに10㎞ほど走ったら、未だ筋肉痛になっている

しかし、今日も懲りずに走ろうかと考えているところだ。

 

 

【移動としてのランニング】

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趣味としてのランニングの良さは、

「移動そのものを楽しんじゃおう!」

という所に尽きると思う。

 

例えば、ドライブは移動先ではなく車を運転したり、乗ったりしてる時間を楽しむレジャーのはずだ。

目的地はないけど気分転換に車に乗れば楽しいし、好きなところへ行ける

そんな不確実性のおかげで移動そのものがワクワクしてくる。

 

しかしながら、ランニングの場合はもっとワクワクするかもしれない。

自分の体力次第で移動範囲が決まり、ルートは走っているときに考える

「次の交差点は赤だから右折か左折しようかな」とか

「この坂道急だから、スピード上げて登ってみようかな」とか

 

確かにランニングは乗り物よりはスピード面では劣るが、

より広い視野で周囲の景色を見れる上、

車じゃいけないような道も通れる(遊歩道とか林道とか)。

 

さらに、信号で止まる必要もないのも幸せなものだ。

進行方向左側の歩道を走っていたとして、前の十字路が赤だった時、

車だったら交通法規に従い止まるしかない。

だが、歩行者の場合、選択肢は4つもあるわけだ。(歩車分離ではないとき)

 

 

1,横断歩道を渡って直進(進路を右にとり進行方向右側の歩道へ)

2,横断歩道を渡らず左折(進路を左にとる)

3,横断歩道を渡って右折(来た道を反対の歩道から戻る)

4,そのままUターン(来た道をそのまま戻る)

 

いかがだろうか。

いずれの選択肢も警察には捕まらない。

これが歩行者(走行者)の特権だ。

 

体一つで移動することの利便性、少しはおわかりいただけただろうか。

【哲学】私という人間について語る

前回から期間が開いてしまった。

ネタに苦しんでいたわけではなく、今後のこのブログの在り方、更には私の人生を考えていた。

 

そんな考えても意味がないものを・・・

 

しかしだ、この私以上でもなく私以下でもないこの頼りない私よ、

部屋でブラックサンダーを頬張るこのデブ症の私よ、

 

好きなことで生きてゆけ

 

 

ここで読者の方に白状したい。

このブログを書くは読者の方へ役に立つハウツーを紹介するためでも、皆さんの生活を快適にするためでも、私の不幸な生き方を伝授するためでもない。

自己満足と未来の自分への約束(?)のようなものを綴るだけである。

 

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(は、何言ってんの?お前さん、せっかく大学生になってブログはじめてそんなこと言っちゃっていいの?今まで書いたことすべて無駄だよ?ネタがないと嘆いていたあの日のことを思い出せ!)

 

 

自分探しという言葉は好きではないが、今の私は完全に自分を喪失している。

 

何をすればいいのか、まったく分からん、そしてやらない。

 

何でもできるこのご時世、こんなことに悩んでいるのは大変もったいない。

 

 

すでにそうかもしれないが、私の書くことは今後さらにとりとめのないことになっていくだろう。

 

今後とも何卒、よろしくお願いします。

 

とりあえずブラックサンダーうまいな・・・

【健康法】ダイエット法について書かれている本はこの世に必要なのか?

高校生の頃、私は健康にうるさい不健康DKだった。

若くしてそこそこの健康オタクになってしまっていた。

しかし、今は、各人が成るようになれば健康的で幸せになれると確信している。

そもそも、健康オタクとは、私なりの定義だが、

 

・健康食や健康的な運動を無駄にたくさん知っている

 

食品添加物などにも詳しく食べ物を几帳面に選別する

 

・そういう自分の知識をひけらかしたり、すすんで他人に教えたり勧めたりする

 

こういう、ちょっとしたお節介さんのことだと思う。

そして、はっきり言って、こういうスキルは人生の幸せにはほとんど必要ない。

だって、人間はたとえ我慢しても、食べたいものは食べるようになるし、美味しくないと感じるものは食べなくなるからだ。

 

確かに、ダイエットは、変化、意識、時には我慢をし、健康志向や健康的生活が当たり前に習慣化されるのが、主なプロセスだ。

 

しかし、単に体重を減らしたい、キレイを手に入れたい、と思うときにも、美味しい食事は目の前にある。

 

そこで、ダイエット法を伝授する本は語る。

「〇〇は弾力的な触感なので腹持ちがいいですよ。〇〇は食物繊維が豊富なので腹持ちがいいですよ。」

 

なんだそれは。

 

お分かりいただけるだろうか、この言葉のまやかしを。

 

それが美味しくないなら、一時的に仕方なく食べる。それが好物ならたくさん食べる。

 

特に、好き嫌いの少ない傾向のあるデブ症の我々がこの説明から感じることはこうだ。

 

「〇〇ならたくさん食べていいんだな」

 

多くの場合、体重が落とせない人は、健康的な食べ物であろうとなかろうと、絶対量が多いのだ。

 

別に健康食を食べていないから痩せないわけではない。

 

健康食だって食べすぎれば体に毒なのだ。

 

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私が大半の健康法の本の存在を否定したい理由はまさにここにある。

 

楽して痩せようという発想を否定するつもりはないが、楽して痩せるために、健康食を過剰に持ち出すのはデブの我々にとって大変困る。

 

だって、食べすぎてデブになったんだもん。

 

じゃあ、どうすればよいか、答えはこれしかない。

 

少食     だ、だ、だだ♪

 

少しずつ食べる量を減らしてあげればよいのだ。

段階的に少しずつ。

 

「そうはいっても、もっと食べたい。」という声もあるだろう。

 

真のダイエット法はこれを解決することにある。

 

私が知っているのは

・一日を通じて水を多めに、また食事の30分前に水を飲む

・食べものをよく噛んで、味わう

 

これだけでよい。

これについては後日説明しよう

これこそが「キネフチック式ダイエット」(今決めた)

 

 

 

【雑談】子どもたちよ、マトリョーシカの理論に騙されてはいないか!

小学校の頃、ザリガニを飼っていた人はいるだろうか。

 

ザリガニでなくてもよい、セミや蛇など、脱皮する動物なら何でもよい。

 

私も人生に行き詰まると彼らのようにこう願う。

 

脱皮したい。

 

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一肌脱いで成長したいと願うのだ。

ザリガニのように皮を脱いで大きくなりたい。

 

ちょっとまった。

皮を脱いで大きくなる。なんだそれは。

 

オーバーコートを着ていた私の方が全裸の脆弱な私よりもシルエットは小さく見えるのだろうか?

小さいサイズの服を脱いだら私は成長するのか?

「そんなことーありますよねー」(カレーマジック 7/25より)

 

 

そんなこたぁあるわけねぇだろぉぉぉぉぉぉ

 

 

ロシアのマトリョーシカを思い出してほしい

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大きいものからさらに大きいものは出てこない

すべてが入ってる状態の体積をa{n=1}

一番小さいものをk番目とすれば

a{1}>a{2}>a{3}>…>a{k}

数学的帰納法からも明らかである。

 

この固定観念こそが私の少年の日の思い出だ

すなわち「マトリョーシカ理論」:Aの中からBを取り出すとBはAより小さい

 

これについて大学生になってもう一度考え直すとは思わなかった。

ちなみにマトリョーシカ理論という名前は先ほど考えたものであり

恐らく一般化されてはいない。

 

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細胞の仕組みから考えればわかるが、要は、皮が取れて一つ一つの細胞が大きくなるのである。

 

また、皮に使われた死細胞の内側にある生きた細胞が大きさを変えずに分裂するため、脱皮後も細胞の数は減らない。

 

そして、表面に生きた細胞が露呈しているので、脱皮後は色が白っぽかったり、表面が柔らかかったりするのだ。

 

 

たいして難しい話ではないが、このような幼少期の疑問を10年以上経った今ブログのネタにしても、あまりに虚しい。

 

しかし、脱皮というのはこのように、Aという入れ物よりもBという中身の方が大きいという、子どもの固定観念を打ち砕く素敵な題材なのだ。

 

日々の生活に好奇心と疑問を忘れないように

【雑談】他人を全く評価しないのも幸せで貧しい人生だと言いたい

なんだか重苦しいタイトルで申し訳ない。

 

 

 

タイトルのセンスについては前日のブログから察することができるだろう。

 

パラドックス的なことを言ってどうにか注目をひこうという思惑は一応しっかりとあるが、別に結論のない話をするつもりもないのでお付き合いいただきたい。

 

1,他人を評価しない人は自分も評価できない

私には弟がいるが、とんでもなくかわいい弟なのだが、そのかわゆさゆさゆさについて執拗に語るのはまたの機会にしよう。

 

彼は小学生、友達もたくさんいて、勉強も、趣味の将棋もまぁまぁ良くも悪くもというところ。両親もそれなりには心配しているが、彼には向上心が、、、感じられない( 一一)

 

別に弟の悪口をブログに書き連ねたいわけじゃない。基本的にニコニコしているみんなの癒し系である

 

 

しかしだ、

彼は友達から多少の意地悪を言われても何となく嫌だと思うだけで終始ニコニコ( ̄▽ ̄)している

逆に、両親が勉強しろと叱って泣くも、しばらくすると終始ニコニコ(^▽^)している

将棋も負けず嫌いで泣くこともあるが、試合が終わればニコニコ(o^∇^o)している

 

本当に人のいいやつだ

しかし、それでは自分も成長しない

 

2,観察する力をつける

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すべてのことについて言えるが、人は他者から学ばなければならない

その時に、他人をふんわり見ていてはだめだ。

 

例えば、私のような私生活無頓着理系男子大学生 のような生き物は

私服がいつも同じものになる

 

ファッションなんて知らんし、女子からどう思われても関係ない、彼女はいないけどどうでもよい、彼女が欲しいけどどうでもよい、彼女は欲しいけど…彼女降ってこい。

 

そんな生き物はこの「どう思われてもよい」という一種の諦めを抱えながらも、自己分析を忘れているのだ

 

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ちなみにファッションについては巷でも聞く話だが

周りの人の身だしなみから学ぶのが一番の近道だ

 

「あのひと、なんかおしゃれだな(白目)」とか、「なんであんな組み合わせの色で着るのかな」

のような批判精神は自身の向上にきっとつながるはずだ

【雑談】スーパーの店内でリピートする音楽が脳内をおかしくしている

私も大学に入り一人暮らしを始めたので、しばしば近所のスーパーに行っている。

それはなじみがないかもしれない業者なので、あえて名前の一部を伏せておこう。

 

C 〇 〇 Pという業者である。きっと想像もつかないだろう。

この2つのに何が入るのか、大変興味をそそられるものである。

 

そしてその「しーまるまるぴー」というスーパーは至るところでポイントサービスを欠かさない。

 

私は子供の頃、

ポイントn倍(この店ではnはおおよそ3≦n≦10で推移する整数)

というのは一種の ボーナス と定義づけていたが

この「しーまるまるぴー」にかかればそのような有難みはほぼ感じない

 

この店はポイントサービスデーを歌った音楽をラジカセから流していない日などないのではないかというくらいサービス精神にあふれているのである

(まったく、煩わしい音楽だ)

 

そして、私の近所の C 〇 〇 P ではしばしばこの動画がリピート再生されている

 

youtu.be

 

これだ、これが本当に耳に残るのだ 

 

「グリコ・カレーマジック」

 

この稀に見るハイテンションのCMがイヤーワーム(耳の虫)として私を侵しているのだ

 

娘)えー!?  子)野菜炒めぇー??

そんなことーありますよねー

 

 

喜べよ、野菜炒めだぞ! ぃえーぃ!野菜炒めぇーぃ!!

学食では味が濃すぎる野菜炒め! 一人暮らしの学生の味方、野菜炒め!

この野菜炒めを真っ向から否定するセリフに私は思わず身悶えた

 

今晩も一人、私は部屋で野菜炒めを唯一のおかずとして頂こうとしているが、

きっとこの子供たちの無垢で純粋な主張を思い出し、抗うことに苦労するのだ。

 

そこで!

子どもが苦手な野菜炒めをぉぉー? 

みんな大好きカレー味に! (タッタラ~ (゚ε゚)(↑))

 

野菜炒めをぉぉー? YASAI ITAME Wooooo????  

うおぉぉぉぉーーーーーーー???????????

やめてくれ、なんということだ、さらば野菜炒め…

 

マンネリ化のチャーハンもぉー? 

おいしいドライカレーに!  (パッパラ~ (゚∀゚)(↑))

 

チャーハンでなぜ喜ばない 、中華料理の王道、ラーメンのお供

そしてチャーハンでさえマンネリ化させてしまうこの女性

センスが無さすぎはしないか・・・

 

このマークが目印 (キラン☆彡)

 

意外とこいつも曲者だ、なにがキラン☆彡だ。

こんなにも世の中を茶色くしょっぱくスパイシーにしておいて

なんの罪悪感も感じていないのだろうか?

 

まるで警察に挑発行為を繰り返す犯罪者

 

こんなにもよくない印象を植え付け続けるカレーマジック

私が購入する日も遠くはないだろう。

ブログ開設宣言

大学生になり、初めての夏休みと期末テストが近づくこの時期

 

膨大な自由時間は自分の理想像や将来の展望を考えてるうちに消えていく

 

よろしくない、ほんとうによろしくないぞ、キネフチック

 

そんで悩むことしかできない私の石頭は

 

・・・そうだ、ブログをやろう

 

そう思った次第です

 

1、はじめまして!

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何事も実践しないと見えてこないもので

 

たとえ教養がなくても

たとえネタがなくても

たとえ協力者がなくても

 

独り身で、誰にしゃべってるのかもわからず

インターネットの大海原に飛び込んでしまった

 

私はいったい誰に話しているんだ?ですます調のほうがいいのか~んだ、である~、と言い切るのがいいのか。

 

そんなところから悩んでしまっている超の3乗初心者です。

 

とりあえず呼吸を落ち着かせとりあえず自己紹介をいたします。

 

私、キネフチックと申します

 

今年の4月にとある大学に入学しました

 

ちなみに理系なので稚拙な文章かもしれませんがご理解ください

国語は大の苦手でした(笑) 

 

燃え尽きるまで受験勉強をしたつもりはないのに

大学に入って4カ月でこの有様です

 

そして前述のとおり、私の思考は気まぐれで

好奇心の思うがままに動いてしまいます

やってみたいと思ったことは予算や所要時間を見越さず実践します

 

自分の不得意なところをひたすら炙り出して

これなら社会で戦える、人生のパートナーになるものを日々探してます

 

悩むというプロセスは必要な場合もありますが

私のような好きなことを求めて生きるタイプには苦手なのかもしれません

 

若者らしくいろんなことをやってみたい

質より量、とにかく生産的な活動に重きを置きたい 

それが私のモットーです

2、何を話題とするか

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はっきり言って何も考えていません

自分の好きな話をすればいいのかな??

 

ちなみに最近好んでする勉強は

世界遺産検定1級

英語のリスニング(TED)

スペイン語の語彙と文法

です。

 

2外でスペイン語を取りましたが

先生がなんも教えてくれないので独学中です

勉強仲間を作れたらいいですね

 

趣味の分野では

ランニング、トレイルラン

街歩き、餃子づくり、断食・・・

 

トレイルランは皆さんご存知ですか?

山岳を走るスポーツ(一般に登山道などクロカンより勾配のきつい場所)で

距離が長いです。中学の頃から30㎞を走る大会に出てました。

 

あと、餃子づくりからの断食

断食はラマダーンじゃなくて、食事を極限まで減らして胃を休ませる健康法です

友だちには不健康だと言われますが、おかげで食事に関わるお金や時間が大幅に節約できます

 

私の生き方は時にイレギュラーであまり共感を得られないものもあるかもしれません

また、私自身も、多くのことについて初心者だと思います

 

ですから、これらのワードから何か興味を持ってくれた人は、検索をかけたり、私のブログの更新を楽しみにしていただけたらと思います

 

 

さぁ、そろそろいい加減、学業に励みます

 

読んでくれた方、ありがとうございました